「どうして私はこうなんだろう」。そんな言葉が、ふっと胸をよぎる瞬間は、きっと誰の一日のなかにもある。朝、鏡の前で。送ったメッセージの返信を待つあいだに。誰かの晴れやかな知らせを目にしたとき。たったひとつの小さなつまずきが、その日ぜんぶを自分のせいのように思わせてしまう。私にも、そういう時期があったから、その重たさはよく分かる。
自己肯定感の低さは、性格のせいではない
自己肯定感が低いのは、その人の性格や、心の弱さのせいだと思われがちだ。けれど私は、そうは思っていない。それは多くの場合、これまでにかけられてきた言葉や、置かれてきた場所が、時間をかけて少しずつ積み上げてきたものだ。生まれつきそういう心なのでも、頑張りが足りなかったのでもない。低くなったのには、ちゃんと理由があって、それはあなたひとりのせいではない。
だからこそ、それを「自分のダメなところ」として抱え込んでしまうのは、少しもったいない気がしている。積み上がってきたものなら、これから先、別のものを少しずつ積み直していくこともできる。時間はかかるけれど、変えられない性質ではないのだと思う。
自分を責める前に、思い出したいこと
自分を責めそうになったとき、私がひとつ思い出すようにしていることがある。責めている「私」と、責められている「私」は、本当は同じひとりだ、ということだ。片方が片方を打ちのめしても、傷つくのは結局、同じ自分でしかない。そう気づいてから、責める前に、ほんの少しだけ手をとめられるようになった。
それから、事実と評価を、そっと分けてみる。「今日はうまくできなかった」というのは、起きた事実だ。でも「だから私はダメだ」というのは、そこにあとから付け足した評価にすぎない。事実はそのまま置いておいて、くっついてきた厳しい評価のほうだけ、いったん脇にどけてみる。それだけで、胸のあたりがずいぶん軽くなることがある。
できなかった自分を責める代わりに、まずは「よく気づいたね」と、心のなかで声をかけてみる。おかしなことのようだけれど、これが案外きく。自分を責める癖は、一日で消えるものではないと思う。それでも、責める前のほんの一拍を、これからも大切にしていきたい。その一拍が、少しずつ、自分との付き合い方を変えていくような気がしている。
