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頑張っているのに報われない、と感じる理由とは?

「頑張っているのに報われない」と感じるとき、私たちはつい、努力がまだ足りないのだろうか、と自分を追い立ててしまう。もっと踏ん張れば、いつかきっと報われるはずだ、と。でも私は、この感覚の理由は、頑張りの量とはあまり関係がないのではないか、と思っている。

「報われる」の宛先が、自分の外にある

報われない、と感じるとき、私がまず思い当たる理由はこれだ。「報われる」の基準を、評価や結果や、相手の反応といった、自分ではどうにもできない外側に置いてしまっている。ちゃんとやれば、認めてもらえるはず。感謝されるはず。そう期待した宛先から返事が来ないと、頑張りごと否定されたように感じてしまう。

けれど、返ってくるかどうかは、たいてい相手の側の事情だ。忙しかったり、気づいていなかったり、その人なりの受け取り方があったり。宛先を自分の外に置いているかぎり、報われるかどうかは、いつも他人任せになる。頑張りが足りないのではなくて、届け先が遠すぎるだけのことも多いのだと思う。

返ってくるのが、遅くて静かなだけ

もうひとつの理由は、時間差だと思っている。日々の頑張りの多くは、すぐに形になる派手なものではなくて、土台をつくる地味な仕事だ。以前パンを焼くようになって、それがよく分かった。こねている最中の生地は、その場ではちっとも膨らまない。膨らむのは、手を離してしばらく寝かせたあと、こちらが見ていないところで静かに、なのだった。

頑張りも、きっと似ている。返ってくるのが遅くて、しかも静かだから、「今すぐ」の物差しで測るたびに、報われていないように見えてしまう。本当は、見えないところでゆっくり膨らんでいる途中なのかもしれないのに。

だから私は、報われの物差しを、ひとつだけ自分の側に戻しておくようにしている。誰かに認められたかどうかではなくて、「今日、自分の手で丁寧にやれたかどうか」。それが残っていれば、返事が遅くても、その日の頑張りはもう半分報われている。外からの返事は、あとからゆっくり受け取ればいい。そう決めておくと、報われない夜も、少しだけ座り心地がよくなる。

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