何年か前、駅の近くのカフェで、旧い友人がぽつりとこぼしたことがあった。「最近、人間関係がうまくいかない気がして」と。窓の外を眺めるその横顔が、いつもより少し疲れて見えたのを覚えている。
どうしたの、と私が尋ねると、彼女はぽつぽつと話しはじめた。職場のこと、古い友人のこと、家族のこと。聞いているうちに、私はあることに気づいた。「ぜんぶ」と言いながら、話の多くが、実はある一人の相手のことに戻っていく。うまくいっている関係のほうは、もう当たり前になっていて、数に入っていないのだった。
「うまくいかない」の主語は、たいてい大きすぎる
人間関係、という大きな言葉でひとくくりにすると、自分の周りのすべてがうまくいっていないように思えてくる。私にも覚えがある。ひとつの関係でつまずくと、その重たさが視界いっぱいに広がって、ほかのおだやかなつながりまで見えなくなってしまう。
だから、うまくいかないと感じたとき、私がまず見直すのは「主語の大きさ」だ。「みんなと」うまくいかないのか、それとも「あの人と、あの場面で」うまくいかないのか。大きな主語を、具体的な相手と場面まで小さくほどいていくと、ざわついているのは全体ではなく、たいてい一つか二つの結び目だけだと分かってくる。
見直すのは、相手ではなく距離のとり方
結び目が見つかったとして、その相手を正そうとしたり、自分のどこが悪いのかと責めたりしても、たいていうまくいかない。私が見直したいのは、そのどちらでもなく、その関係との距離のとり方のほうだ。近づきすぎているなら、少しだけ間をとる。合わせすぎているなら、返事を一拍遅らせてみる。関係を切るのでも、我慢を重ねるのでもなく、息のできる隙間をつくる、というくらいの手入れだと思う。
あのカフェの友人は、しばらくして「そういえば、悩んでいたのはあの一人のことだけだったみたい」と、少し笑って話してくれた。ぜんぶがだめだと思っていたものが、ひとつの結び目に戻っただけで、ずいぶん軽くなったようだった。その表情を、私は今でもときどき思い出す。
人間関係がうまくいかないと感じる日は、これからもきっとある。そのたびに私は、大きくふくらんだ主語を、もう一度ていねいに小さくするところから始めようと思っている。ほどいてみれば、案外、手をかけたいのはひと結びだけなのかもしれない。
