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嫌いな人が頭から離れないのはなぜ?考えたくないのに考えてしまう理由

もう関わりたくない。考えたくない。できれば忘れてしまいたい。
そう思っているのに、嫌いな人の顔や言葉が、ふとした瞬間に頭に浮かんでくる。仕事から帰って一息ついたとき、お風呂に入っているとき、眠る前の静かな時間に。気づけばまた、あの人のことを考えている。

ご相談のなかでも、こうしたお話をうかがうことがあります。「もう関わりたくないと思っているのに、その人のことが頭から離れません」「家に帰ってからも、言われた言葉を思い出してしまいます」「気にしたくないのに、何度も思い出しては腹が立ちます」。そして、「こんなことを考えてしまう自分は、どこかおかしいのでしょうか」と続けられる方も少なくありません。

先にお伝えしておきたいのは、嫌いな人のことが頭から離れないのは、めずらしいことでも、おかしなことでもない、ということです。それに、頭から離れないからといって、その人に未練があるとも限りません。
好きだから考えるのではなく、自分の中にまだ片づいていないものがあるから思い出してしまう。
そういうことも、少なくないように思います。

嫌いな人が頭から離れないのはなぜ?

嫌いな人が頭から離れない理由は、人によって、また出来事によってさまざまです。ただ、お話をうかがっていると、その背景に、まだ整理されていない感情が残っていることが多いように感じます。
たとえば、こんな気持ちです。

  • 深く傷ついたこと、悔しかったこと
  • 怒りや「不公平だ」という思いが、まだおさまっていない
  • 言われた言葉が、心のどこかに引っかかっている
  • 「なぜあんなことをされたのだろう」と、納得できずにいる
  • 本当は言い返したかった、わかってほしかった

こうした気持ちは、出来事が終わったあとも、すぐには消えてくれません。片づかないまま心の中に置かれていると、似た場面に出会ったときや、ひとりでぼんやりしているときに、ふっと表に出てくる。そのたびに、相手の顔や言葉もいっしょに思い出される、ということがあります。

もちろん、すべての人に当てはまるわけではありません。毎日顔を合わせるから自然と浮かぶ、ということもあるでしょう。自分ではどうにもできなかった出来事ほど、心が何度もそこへ戻っていく、ということもあります。いずれにしても、「嫌いな人のことを考えてしまう」の奥に、「わたしの中に、まだ何か残っている」が隠れていることがある。そう考えてみるだけで、自分を見る目が少しやわらぐ気がします。

考えたくないのに考えてしまう理由 ——「忘れよう」とするほど浮かんでくる

考えたくないのに考えてしまう理由として、もうひとつ。
「考えないようにしよう」と強く意識すること自体が、かえってその人を思い出すきっかけになる場合があります。

「シロクマのことだけは考えないでください」と言われると、かえってシロクマが頭に浮かんでしまう。心理学の分野でも、ある考えを無理に抑えこもうとすると、かえってその考えが戻ってきやすくなることが、実験で示されてきました。嫌いな人について「もう考えない」「忘れなきゃ」と言い聞かせるほど、頭の中ではその人の名前を何度も呼んでいることになりやすいのです。

だから、考えてしまう自分を責める必要はないのだと思います。考えてしまったときは、「また考えてしまった」と追い払う代わりに、「今、わたしはあの人のことを考えているんだな」と、その事実をいったん認める。それだけで、気持ちと少し距離がとれることがあります。感情を無理に消そうとしなくていい。浮かんでくるものを、浮かんでくるまま眺めていてもいいのです。

相手ではなく、自分の中に目を向けてみる

嫌いな人が頭から離れないとき、わたしたちはつい、相手のことを考え続けてしまいます。
なぜあの人はあんなことをしたのか。今どう思っているのか。少しは反省しているのか。けれど、相手の心の中は、どれだけ考えても自分では確かめようがありません。答えの出ない問いを抱えたまま、時間と気持ちだけが持っていかれてしまう。

以前、悩みの答えが見つからないときは「何を問うか」を考えてみる、という話を書いたことがあります。嫌いな人のことも、問いの向きを少し変えてみると、見えてくるものが変わります。

「なぜあの人はあんなことをしたの」から、「わたしは何が嫌だったのだろう」へ。
「相手はどう思っているの」から、「わたしは、本当はどうしたいのだろう」へ。

ほかにも、わたしは何に傷ついたのだろう。本当はどうしてほしかったのだろう。
何が納得できなかったのだろう。今のわたしは、その人との関係に何を求めているのだろう。
問いを自分の側に戻していくと、「もう関わりたくない」「必要最低限の関係にしたい」「あの人の言葉を、自分の価値と結びつけたくない」「この出来事に、もう自分の時間を使いたくない」といった、自分の望みが少しずつ輪郭を持ちはじめます。

相手を変えることはできなくても、自分が何を望んでいるかは、自分で確かめることができる。
嫌いな人のことを考える時間を、自分の気持ちを知る時間に変えていく。そこに、ほどけていくきっかけがあるように思います。

「許す」も「忘れる」も、急がなくていい

嫌いな人の話になると、「許したほうが楽になる」「早く忘れたほうがいい」と言われることがあります。それで楽になる方もいらっしゃるでしょう。けれど、許せないものを無理に許す必要はないし、忘れられないことを責める必要もない。すぐに前向きになれなくても、それはそれでいいのだと、わたしは思っています。

目指すのは、許すことでも忘れることでもなく、もっと手前の「その人に、自分の時間や気持ちをこれ以上持っていかれない」ということでもいい。相手を心の中から完全に追い出せなくても、心の真ん中の席だけは、自分のために空けておく。そのくらいの目標のほうが、続けやすい気がします。

それでも嫌いな人が頭から離れないとき

自分の気持ちに目を向けても、ふとした拍子に思い出してしまうことはあります。そんなときにわたしが大切にしている工夫を、いくつか挙げておきます。どれも「これで忘れられる」というものではなく、人間関係のストレスを少し軽くするための、小さな手がかりです。

  • 距離を置けるなら、物理的にも距離を置く。必要以上に関わらない
  • SNSなどで、相手の様子を見にいかない
  • 考えはじめたことに気づいたら、今している家事や仕事に意識を戻す
  • 信頼できる人に話す、または気持ちを紙に書き出す
  • 相手のこれからではなく、自分のこれからに意識を向ける

職場やご近所、家族のように、完全には距離を置けない関係もあると思います。その場合は、外の距離が取れないぶん、せめて心の中まで相手に占領されないように、自分の意識を少しずつ自分の生活へ戻していく。挨拶や必要な会話はしても、その人の言葉を家まで持ち帰らない。それだけでも、気にしない時間は少しずつ増えていくように思います。

嫌いな人のことから、自分の生活へ意識を戻していく

嫌いな人が頭から離れないからといって、その人に心を奪われ続けなければならないわけではありません。頭から離れないのは、あなたがおかしいからではなく、自分の中にまだ整理しきれていない気持ちが残っているからかもしれない。だとしたら、まず目を向けたいのは相手ではなく、その気持ちのほうです。

相手を変えることはできなくても、自分の意識を、少しずつ自分の生活へ戻していくことはできる。こうしたことを一人で整理するのが難しいときには、誰かに話してみることもひとつの方法です。
もし今、頭から離れない人がいるなら、その人のことではなく、自分自身にひとつだけ問いかけてみる。「わたしは、本当はどうしたいのだろう」。その答えは、相手の中ではなく、あなたの中にあるのだと思います。

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