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評価されない場所があるだけで、価値がないわけではないと思う

今いる場所でうまくいかないと、自分には力がないのだと、つい思ってしまう。
同じことをしていても、評価される場所とされない場所があるだけなのに、そこまで考えが及ばないことのほうが多い。
うまくいかない日が続くほど、視野はどんどん狭くなっていくものだと思う。

窓辺に置いていた鉢植えが、なかなか育たない時期があった。水も日を置かずやっていたし、土も選んだつもりだったのに葉先ばかりが黄ばんでいく。世話の仕方が悪いのだろうかと、水のやり方や肥料のことまでしばらく思い悩んでいた。
試しに、日当たりの少しいい棚へ移してみたら、数日で葉の色が変わった。同じ水、同じ土のままで、変えたのは場所だけだった。

人も、これと似ているところがあるのだと思う。今の場所で評価されないからといって、それがそのまま「自分には価値がない」「仕事ができない」ということにはならない。
人にはそれぞれ、力を発揮しやすい環境がある。それだけのことなのに、うまくいかない時間が続くと自分自身を疑うほうへ気持ちが傾いてしまう。世話の仕方を責めていたあのころの自分と、どこか重なるところがある。

ある場所では評価されなかったことが、別の場所では、その人の強みとして受け取られることもある。
求められているものが違うだけで、その人自身が変わったわけではないし、劣っているわけでもない。同じ言葉数の少なさが、ある場では物足りなさに見え、また別の場では落ち着きに見える。
同じ丁寧さが、ある場では遅さに映り、また別の場では信頼に映る。
それくらい、評価というのは場所によって姿を変えるものなのだ。お会いする方の中にも、環境が変わっただけで表情まで変わっていく方がいらっしゃる。

鉢植えは、今では窓の外に向かって伸びるほど元気になった。場所を変えることは、逃げることではなく、自分に合った光を探すことなのだと思う。

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